『ダンベルはカルチャーだ!』ーダンベル新・文化入門ー

こちらの記事はレモネードスリーパー!!さんによって書かれたものです。

※今回の記事は『筋トレ考察ギャグコラム』で、ございます(お歯黒をスミガキで!)。

グミでも食べながら、この上のほうのタイトルからでも、読んで、このコラムを最後まで読んでくださいね!☆彡それでは、スタートアップ!!(←無限リフレイン!)

「ダンベルはカルチャーになり得る!」ー新・文化としての「ダンベル」ー

映画やアニメやゲームやマンガのようにカルチャーというモノは、一定数、存在するのが、世の常であり、世間である。

しかし、そのカルチャーは、常に変動していると思うのである。ネットなどのカルチャーを始め、アナログなカルチャーまで、常にカルチャーは変動しているのだ。

ネットなどのカルチャーでいえば、SNSや動画配信サイト、サブスクリプションなどが挙げられるだろう。

ツイッターやインスタグラム、ニコニコ動画やユーチューブやSHOWROOM、Amazonprimevideoやネットフリックスなど、羅列していけば、枚挙に暇がない。

アナログなカルチャーで言えば、最近だと、ボードゲームなどが挙げられるだろう。こちらの方は、手薄である。

ならば、手薄なカルチャーのアナログカルチャーの新・文化を筋トレ界が席巻しても良いのでは無いか?と、自問自答してみる。

うん、そうだね。それは、プロテインよりも、向いているのは、「ダンベル」だと思うのだ。「ダンベル」は、その形だけで、魅力的なのだ……。

ティラノサウルスやプテラノドンといった白亜紀などの恐竜の化石をダンベルにしても良いだろう。そのような使い方もあるだろう……。

白亜紀で気づいたのだが、職業作詞家の、アニソンやアイドルソングを手掛けている畑亜貴さん、という女性作詞家が存在するのだが(畑亜貴という概念!だから。存在。ということになる。)、その「畑亜貴」というネーミング(名前)の語源が「白亜紀」から来ているのではないか?と、気づいてしまった私。

ああ、無情……。な、気分ではないが、凄く「発見」した気分である。ああ、笑う犬の発見……。懐かしい。エモい……。「発見道」!!!

「ダンベル」は「持ち上げる」と「持ち下げる」だけじゃない。使い方で全てが変化し、天変地異が起きる程に進化していく、概念なのである。

もしも、秋元康が「ダンベル」をプロデュースしたら、どうだろう?

おちまさよりも良い「ダンベル」が作れると思うのだ。秋元康以上、おちまさと未満。

という言葉など、存在せず、おちまさと以上、秋元康未満、という言葉しか、世の中にはない。

それが、真実だからである。秋元康は凄い。

「ダンベルをプロデュース。」というドラマを制作しても良いだろう。

とにかく、「ダンベル」をカルチャーにするためには、仕掛人が必要だし、様々なものを「ダンベル」に置き換える必要が出てくる。

「D(ダンベル)10」というドラマを脚本家の木皿泉に書いてもらっても良いだろう。

それが、できるかどうかは、その「ダンベル」次第だが……。(どういうこと!?)

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「ダンベルはカルチャーなのか?」ーその真実に迫る!ー


ダンベルはカルチャーなのか?その真実は?迫ってみる?と、必要に迫られたとき、「はい!」か「うん!」としか、返答ができないようにする、という方法をメンタリストなんちゃら、に考えてもらってもよいだろう。

そうすれば、「ダンベルのカルチャー化」に成功すること必至(?)なのだが、どうだろうか?私は、メンタリストの言う事なんて、信用していないが、世の中の人々は、信用している一定層は、いるらしい。胡散臭い話ではあるが。

たぶんだが、「ダンベル」はカルチャーに変貌する可能性を秘めている。

ゲームにしても、そうだ。ダンベルを使ったスマホゲームを考えて、無料でプレイできるようにすれば、ビジネスチャンスにだってなる。

ダンベルは、この先、堀江貴文(ホリエモン)やZOZOTOWNの社長に狙われること、必至だろう。これは、あると思います(詩吟の師範代!)。

この先、「ダンベルのオンラインサロン」といったものが、できてくるのかもしれない。

そうなれば、IT業界に「ダンベル」が根付いた、ということになるだろう。

ビジネスマンの「ダンベル」携帯率も、異常に高まり、スマホユーザーと同じようになり、「ダンベルのスマホ化」が進んでいくことだろう。

そう、いずれ、「ダンベルがスマホを超える」時代が来るのかもしれない。それくらい、夢を持っていいと思う。ブルーハーツの名曲の題名のように……。

要するに、このコラムで述べていることは、「ダンベル」の革新性、「ダンベル」の革命的な未来を描いているのだと、たった今、私は気づいた。

時折、ふざけながら、正直、ふざけたことしか、書いていないのだが、それでいい。

「ダンベル」が良いなら、それで良い。このコラムは、新書にもなりかねないし、ビジネス書にもなりかねない。

ふざけた新書やふざけたビジネス書にも、なりかねないということだ。う~ん、マンダム!!

締めの文章(オチ!)

結局、「ダンベル」って、何かね?(誠意って、何かね?)
と、問われたら、
私は、こう答えたい。

「はい、ダンベルはカルチャーです。」

と。

<完>

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
また、お願いします!

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